天音光人の文学的日常

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「小説家になろう」に投稿していた連載小説『吟遊詩人ハインリヒは今日も歌いながら旅をする』第1部をとりあえず書き上げて完結としました。しかしアクセス数はさっぱり上がらず、反響もほとんどありません。

自分なりには悪くない出来かなと思っていたのですが、読み返してみると反省点がありました。最大の難点は、メインとなる大きな事件が発生していないということです。第1部は事件よりも状況や背景を描いて終わってしまったという感じです。メインとなる登場人物、つまり旅の仲間の4人の出会いを描くのが中心だったというのもあり、結果的にそれぞれの人物のバックグラウンドを説明しただけになったのです。

とはいえ、状況設定やアイデアは悪くないと思うので、そのうち時間を見つけて、根本から書き直したいと思います。


連載小説:『吟遊詩人ハインリヒは今日も歌いながら旅をする』https://ncode.syosetu.com/n9310ez/



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by amanemitsuhito | 2018-09-30 09:47 | 自作について | Comments(0)
前にも書きましたように、このブログは一日あたりの平均訪問者数は2名弱と、非常に少ないです。定期的な読者はおそらくなく、検索でなんらかのキーワードで引っかかって、読みに来られるケースがほとんどだろうと思います。

このブログの記事ランキングを見ても、話題になっている書籍について書いた記事ばかりが上位に上がっています。これからはそんな記事をちょっと増やしていこうかなと考えています。


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by amanemitsuhito | 2018-09-22 11:21 | その他 | Comments(0)
この3月にエブリスタに短編をいくつか投稿して以来、半年近く小説を書いていなかったのですが、このたび久しぶり連載小説を書き始めました。タイトルは『吟遊詩人ハインリヒの旅』で、中世ヨーロッパを舞台としたファンタジー冒険小説です。最初はタイトルは『吟遊詩人ハインリヒの冒険』としていたのですが、冒険的要素よりは各地を回るという旅の要素を重視するので、ちょっと変更しました。

とりあえず現時点で第3回まで投稿しています。今回は「小説家になろう」の方です。やはり「なろう」の方が書き慣れているし、アクセス数もエブリスタよりは多いようですので。

連載小説:『吟遊詩人ハインリヒの旅』https://ncode.syosetu.com/n9310ez/



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by amanemitsuhito | 2018-09-19 12:49 | 自作について | Comments(0)
今日のニュースで、村上春樹が本年度のノーベル文学賞の代替賞を辞退したという報道がありました。この文学賞は、ノーベル文学賞が選考委員の不祥事によって本年度の授賞が見送られたことを受けて、スウェーデンの作家や記者らが集まる団体「ニュー/アカデミー」が創設したものらしいですが、村上春樹はその最終候補者4名の中に入っていたのだそうです。

私の考えでは、村上春樹はそもそもノーベル文学賞自体をあまり授賞したくなかったのではないかと思います。もう十分にお金も名誉も読者も得ているわけですし、ここでノーベル文学賞なんか受賞したら、回りが大騒ぎしてうるさいだけだし、窮屈で不自由になるだけですから。村上春樹自身、そんなことを『職業としての小説家』などで書いていたと思います。

ノーベル文学賞は候補者に挙がっているかどうかはかなりあとになるまで発表されませんからどうしようもありませんが、今回の文学賞は事前に公表されたので、辞退の意志を示したのでしょう。これでノーベル文学賞自体にノミネートされる可能性もなくなったのではないかと私はみています。

個人的には、ノーベル文学賞本体はどうかわかりませんが、今回の代替賞は受賞する可能性がかなり高かったと思うのですが、まあ辞退した方がすっきりしていて、いいのではないでしょうか。

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by amanemitsuhito | 2018-09-16 12:36 | 文学一般 | Comments(0)
先日、箕輪厚介『死ぬこと以外かすり傷』(マガジンハウス)を読みました。著者は幻冬舎の辣腕編集者で、この出版不況の時代にいくつものビジネス書をベストセラーにした人物です。

そこで語られている仕事術に関する思想については感銘を受ける点も多く、すでにツイッターでも書きましたが、ふと考えさせられたのは、出版業界も今のままでは縮小するしかなく、時代に流れに沿った新しいビジネスモデルが必要なんだなということでした。

一番大きな流れは、スマホの普及で情報が簡単に入手できるようになったということです。以前ならば情報はテレビかラジオ、あるいは雑誌や書籍で入手するのが普通でした。そこにマスコミや出版業界のビジネスモデルの土台があったはずです。しかし、スマホを使ってネット上で多くの情報が無料で入手できるようになってきているので、従来の紙媒体の雑誌や書籍はますます売れなくなるでしょう。

それらが完全になくなることはないですが、現在の規模よりはるかに縮小せざるをえなくなるはずです。小説なども「小説家になろう」などの小説投稿サイトで無料で読めるものも多いですし、古典的な文学作品は「青空文庫」などでやはり無料で読めます。

そうなると、出版業界はあらたなビジネスモデルを探す必要があるでしょう。そうなると考えられる活路は、ネット上で有料の情報を提供するとか、あるいは無料にして広告収入を得るとかいったところでしょうかね。





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by amanemitsuhito | 2018-09-15 14:48 | その他 | Comments(0)
以前に長山靖生『貧乏するにも程がある 芸術とお金の不幸な関係』(光文社新書)という本を読んだのですが、作家も含めて芸術の世界で生きる人には金持ちはごくわずかで、大半の人は貧乏なようです。

芥川賞作家や乱歩賞作家などでも小説だけを書いて十分な収入を得ている人は、必ずしも多くはないでしょう。いまや本を一万部売るのも大変な時代ですが、千円の本を一万部出したところで、印税1割として収入はたったの百万円です。十万部売れれば大ベストセラーですが、それでも印税は一千万円にしかなりません。

これからはおそらく、専業作家はもっと減ってきて、収入源を別に持つ副業作家や趣味作家が増えてくるのではないかという気がします。やはり文学や芸術は経済とは縁の遠いところにありますね。

そんなわけで、人間はやはり非文学的日常を送らなければなりません。つまり、生計を維持しなければならないのですが、経済的に豊かになる方法は究極的に4つしかナイのではないかと思うのです。
①収入を増やす
②消費を減らす
③貯蓄を増やす
④投資を増やす

このうち、収入を増やすのはなかなか難しいですが、消費を減らすのは比較的やりやすいです。ちょっとスタバでコーヒー1杯飲みたいのを我慢して、コンビニのコーヒーにすれば、百円以上節約できますし、無駄なものを買わない、あるいはもっと安いもので我慢すればいいのです。その分を貯蓄や投資に回せば、少しずつ豊かになっていくはずです。日々の心構えが大事ですね。私もこれからは小説もなるべく青空文庫の古典を読むようにしようかと思います。

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by amanemitsuhito | 2018-09-13 10:03 | 自己紹介・プライベート | Comments(0)
このブログを始めて、もうすぐ一年半になります。今年の3月からはツイッターも始めました。そんなわけで、その両方で情報を発信しているのですが、それぞれ特徴があることがわかり、使い分けをするようになりました。

ブログの長所は、長い分量のものが書けるということと、保存性があるということです。短所としては、あまり気楽には書けないということと、アクセス数が少ないということです。今のところ、このブログは一日平均アクセス人数は2名弱ぐらいです。固定読者はなく、特定のキーワードで検索してヒットした記事が読まれている程度です。

ツイッターの長所は、気軽に書けるということと、多少はアクセス数が多いということです。フォロワーも十数名とわずかながらありますし、記事によっては一万件以上のアクセスがあったものもあります。短所は文字数が限られていることと、保存性の問題で古い記事はめったに読まれないということです。

そんなことを意識して、使い分けていきたいと思っています。



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by amanemitsuhito | 2018-09-12 09:01 | その他 | Comments(0)

エッセイと虚構について

村上春樹のエッセイ集『村上ラヂオ』(新潮文庫)を読んでいます。村上春樹は小説だけでなく、エッセイも面白いです。もちろん、物事に対する考え方や観察の仕方、捉え方などが非常に独創的で興味深いというのもありますが、語られているエピソード自体も面白いものが多いのです。

そこでふと思ったのですが、エッセイに書かれているエピソードは実際に体験した出来事だけではなく、虚構もかなり混じっているのかもしれません。たとえば『村上ラヂオ』には、おしゃれなイタリア料理店で若いカップルの男の方が大きな音を立ててパスタを食べる話や、田舎のうなぎ屋で二階の座敷の通されて一時間待たされ、気になって下に降りてみると、怪しげな老婆がウナギをさばいていたという話などが出てきます。

これらのエピソードはもちろん実際にあり得る話ですが、めったに体験することはないでしょう。まったくの虚構でなくても、かなり誇張があったり、人づてに聞いた話であったりしたのかもしれませんね。


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by amanemitsuhito | 2018-09-10 16:16 | 文学一般 | Comments(0)
村上春樹の『村上朝日堂の逆襲』(新潮文庫)の「バビロン再訪」という章を読んでいて、面白い記述に気がつきました。村上春樹は3作目となる『羊をめぐる冒険』を書くまではジャズ喫茶を経営していて、その前の2作、つまり『風の歌を聴け』と『1973年のピンボール』は夜遅くに仕事を終えたあとで、自宅の台所のテーブルに座って毎日一、二時間ずつ執筆していったのだそうですが、そのためにその作品は「小説というよりは小説的フラグメント(断片)の寄せあつめみたいな感じ」になってしまったというのです。つまり、そうした斬新な作品構造は、作者が意図して作り出したのではなく、「生活環境のなせるわざ」であり、「都会でサーバイブする人間の時間性からしぼりだされた」ものだったのです。

しかし、『風の歌を聴け』や『1973年のピンボール』は、まさにそんな断片を組み合わせたモザイクのような構造がポストモダン的だと高く評価されていました。私もじつは、そういう構造が面白いと思いますし、とくに『風の歌を聴け』は今でも好きな作品の一つです。

ただ、村上春樹自身は「そういう書き方やそういう作品に今ひとつ納得できなかった」ようで、最初の2作の英訳が長いこと海外で出版されなかったのも、その理由によるものと思われます。(ただし、講談社英語文庫で日本国内では英訳が出ていました)

文学作品に対する作者自身の評価と読者の評価とは、往々にして異なることがあるものですね。


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by amanemitsuhito | 2018-09-08 15:39 | 文学一般 | Comments(0)
村上春樹の『アフターダーク』を読んでいて、梶井基次郎の『檸檬』とよく似た箇所があることに気づきました。

それは終わりの方の a.m.5:10 のところで、登場人物の高橋がセブンイレブンに入ると、チーズの棚に置かれた誰かの携帯電話が突然鳴り出します。高橋がその携帯電話を取ると、「逃げ切れない」という不思議なメッセージが聞こえ、電話はぷつんと切れます。高橋は結局、携帯電話をもとの棚に戻して店を出るのですが、このときに店内に流れていたのが、スガシカオの「バクダン・ジュース」という曲なのです。

これはまさに梶井基次郎の『檸檬』の結末部分と一致しているのではないでしょうか。『檸檬』では、主人公で語り手の「私」は丸善の本の棚に檸檬を置いて出てきて、爆弾を仕掛けて丸善を爆破する想像をします。

ここで檸檬はバクダンに見立てられているわけで、『アフターダーク』の携帯電話もそれに対応しているのではないかという気がします。



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by amanemitsuhito | 2018-09-01 15:11 | 文学一般 | Comments(0)

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