天音光人の文学的日常

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外国の小説を複数の翻訳で読むことがたまにあります。そうすると翻訳によってイメージがずいぶん違いと言うことがあります。その一つに、一人称をどう訳すかで、かなり印象が変わるということを最近感じています。

男性の場合に多いのは「僕」ですが、「私」あるいは「俺」とする場合もあります。これらによって、ずいぶん人物のイメージが変わります。英語だったら、どの場合でも I ですよね。

村上春樹なんかは「僕」という一人称形式の小説が多いですが、『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』では、「僕」と「私」を使い分けていて、この違いは英語で訳し分けるのは困難ですよね。

二人称の場合でも「君」「あなた」「おまえ」ではずいぶん印象が違ってきます。このあたりは日本語と英語との違いというのを痛感します。だから、人称をどう表すかは、文学にとっては重要ですね。




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by amanemitsuhito | 2018-01-31 07:33 | 文学一般 | Comments(0)

人間ドックの日の風景

先日、人間ドックへ行ってまいりました。朝から飲まず食わずで病院まで行き、諸々の検査を終えると、朝食券をもらったので、病院の上階にあるレストランで遅めの朝食を食べました。そこからの風景です。

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by amanemitsuhito | 2018-01-30 07:31 | 自己紹介・プライベート | Comments(0)
昨日のブログで小説を売るのは大変だという話を書きましたが、以前にも紹介した蘇部健一の『小説X~あなたをずっと、さがしてた』が有料電子ブック版と書籍版で出版されました。Amazonでチェックしてみたら、反響はほとんどなく、売れ行きも今ひとつのようです。

これは事前に無料で購読させてタイトルを公募するというキャンペーンを行ったもので、けっこう好意的な感想が多かったようですが、いざ販売されてみると、意外なほど反響がないですね。

私も無料キャンペーンで読んでみて、作品としては、設定に無理はあるものの、叙述トリックは効いていて、悪くはないと思いました。ただ残念なことに、ミステリとしては最後に明らかになる叙述トリックがウリなので、そこを知ってしまったら、あとはそれほど魅力的というわけではないのです。だから、無料で一度読んでしまうと、有料版を買ってまで読み返そうという気にはならないんですね。

また、未読の読者を惹き付けるには、公募した割にはタイトルのインパクトが不足していますし、また値段の設定がページ数の割に高いと思います。作品自体として決して悪くはないだけに、ちょっと残念な気がします。




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by amanemitsuhito | 2018-01-29 07:14 | 文学一般 | Comments(0)
芥川賞受賞作の『おらおらでひとりいぐも』が売れているようで、Amazonでも入荷待ちになっています。最近では珍しいですね。たしかに高齢者の芥川賞受賞作ということで、話題性はあります。しかし、その点では黒田夏子の『abさんご』の方が受賞時年齢は上でしたが、それほど売れなかったと思います。また前回の芥川賞受賞作の『影裏』もさほど売れてないようです。

『おらおらでひとりいぐも』が売れているのは、話題性の他に一般受けする面白さがあるからでしょう。その意味では、『コンビニ人間』が売れたのと同じかもしれません。本が売れない時代に、小説を売るというのは大変なことですね。そのためには、ある程度広い読者層に受け入れられるような魅力がないといけません。

私も読んでみたいと思っているのですが、値段がやはりちょっと高いので、迷っているところです。文庫になるまで待つと三年ぐらい先になりそうなので、ブックオフあたりに古本が出回るのを待つというのも選択肢ですね。ちょっとせこいですが、なにぶんお金がないもので。




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by amanemitsuhito | 2018-01-28 07:53 | 文学一般 | Comments(0)
経済学用語にトレードオフというのがあります。これはある物事を優先させれば、別に何かを犠牲にしなければならないということです。最近、読書をしながらそれを感じています。それはとくに時間についてです。

読書というのは時間のかかる作業です。人が一生の間に読める本の量は、どんなにがんばっても限られています。だからこそ、どの本を読むかは慎重に考えなければならないのです。

本を読み終えて、つまらなかったりしたら、この時間を使って別のもっといい本を読めたのに、その機会を逸してしまったということになります。そんな経験は少なくありません。

そういう機会損失を避けるためにも、いろんな人のレビューというのは大事ですね。




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by amanemitsuhito | 2018-01-27 07:37 | その他 | Comments(0)

文庫化してほしい本

私は最近は紙の本よりKindleの電子ブックを買うことが多くなったと以前に書きましたが、その一番大きな理由は、収納スペースが足りないことです。とにかく狭い家の中に本があふれかえっているので、なんとかしなければならないと思っています。

とはいえ、電子ブック化されてないけど読みたい本というのもありますので、やはり紙の本も買っています。それでもハードカバーはかさばるので、なるべく文庫や新書などで買うようにしています。文庫化されたら売れるのにと思うけど、文庫化されてない本もけっこうありますね。

私がぜひ文庫化してほしいと思う本は、まずウンベルト・エーコの『薔薇の名前』です。ずいぶん前にベストセラーになってますし、同じ著者の『フーコーの振り子』などは文庫化されているのに、『薔薇の名前』が文庫化されてないのは不思議です。売れると思うのですが。もう一つはガルシア・マルケスの『百年の孤独』です。これも古典的名作で、文庫化されたら間違いなく売れるでしょう。

これもやはり出版社の都合なのでしょうかね。




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by amanemitsuhito | 2018-01-26 07:28 | その他 | Comments(0)
神田桂一・菊池良の『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)を読みました。以前にフランスのクノーという人が『文体練習』という本を書いていて、同じ状況を様々な人の文体で書いたものでしたが、その日本語版とでもいえるようなものです。

ここでは表題通り、カップ焼きそばの作り方を様々な作家や有名人の文体で書いてあります。読んでみて、本当にそれらしいと思いました。ただ、よく見てみると、その作家が書いた文章の特徴的な個所を取り出してきて、そこにカップ焼きそばの作り方を当てはめてあり、自分でもできそうな気がしました。

この続編の「青のりMAX」というのもあるようですので、そちらも読んでみたいと思います。




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by amanemitsuhito | 2018-01-25 07:23 | 読書記録 | Comments(0)
マルクス・ガブリエルが『なぜ世界は存在しないのか』などで主張する新実在論が、今なぜ注目されているのか考えてみました。

一つは絶対的な正しい唯一の基準の存在を否定しようとしている点で、これは一つの基準を絶対視して押しつけたりしないというになります。

もう一つは、多様な事物は幻想ではなく実在するとする点で、これはそれぞれの多様な価値観をすべて実体として認め合おうという考え方につながってきます。

そういったことから、この思想は現代の世界のさまざまな対立や紛争を解決に導きうるようなアクチュアリティーを持っているのではないかと思います。




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by amanemitsuhito | 2018-01-24 07:47 | その他 | Comments(0)
昨日のブログでマルクス・ガブリエルの哲学書『なぜ世界は存在しないのか』がドイツでベストセラーになった理由の一つとして、タイトルにインパクトがあったことを挙げました。本のタイトルを見て「何だろう?」と思って買ってしまうことはよくありますので、そういうインパクトあるタイトルというのは重要です。

前回の芥川賞受賞作の『おらおらでひとりいぐも』もそういう意味でインパクトがありますし、直木賞受賞作の『銀河鉄道の父』もそうですね。これがもし『宮沢賢治の父』だったら、あまり売れなかっただろうと思います。

その一方で、直木賞候補になった藤崎彩織の『ふたご』や、以前に芥川賞を取った又吉直樹の『火花』とか『劇場』なんかはシンプルなタイトルで、全くといっていいほどインパクトはありません。しかし、彼らの場合は書いた人が有名人というだけで注目を集められますから、タイトルで読者の気を惹く必要もないのです。

無名に近い作家の作品の場合は、タイトルのインパクトはやはり必要ですね。




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by amanemitsuhito | 2018-01-23 07:41 | 文学一般 | Comments(0)
マルクス・ガブリエルの『なぜ世界は存在しないのか』をなんとか読了しました。一般向けに書かれた哲学書で、ドイツではベストセラーになったとのことですが、やはりけっこう難しかったです。

売れた理由の一つはタイトルのインパクトでしょうね。つまり世界は存在しないという大胆なテーゼが掲げられているからです。しかし、世界とか存在とかいう言葉が日常とはかなり違った意味で使われているようです。巻末に用語集が載っているのですが、それによると「世界」とは「すべての意味の場の意味の場。それ以外のいっさいの意味の場がその中に現象してくる意味の場」と書かれています。では「存在」とは何かというと、「意味の場の性質。その意味の場に何かが現象してくるということ」だとのことです。

これを読むと、世界とか存在というのは「意味の場」と結びついていることになります。では「意味の場」とは何かというと、「およそ何かが現れてくる場」で、「意味」とは「対象が現象する仕方のこと」と書かれていてます。何だか循環論法ですね。

要するに、現象として現れるものはすべて実体として存在すると考えましょう、ということなのだろうと思います。ただし、その対象が現れてくる場、つまり存在の場、すなわち意味の場がそれぞれ異なっていて、すべてのものが存在しうる共通の場というもの(すなわち世界)は存在しない、ということでしょうかね。

今のところ、私の理解力で把握しているのは、だいたいそんなところです。




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by amanemitsuhito | 2018-01-22 07:01 | 読書記録 | Comments(0)

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