天音光人の文学的日常

amanemitsuhito.exblog.jp
ブログトップ

村上春樹『風の歌を聴け』の断片性について

村上春樹の『村上朝日堂の逆襲』(新潮文庫)の「バビロン再訪」という章を読んでいて、面白い記述に気がつきました。村上春樹は3作目となる『羊をめぐる冒険』を書くまではジャズ喫茶を経営していて、その前の2作、つまり『風の歌を聴け』と『1973年のピンボール』は夜遅くに仕事を終えたあとで、自宅の台所のテーブルに座って毎日一、二時間ずつ執筆していったのだそうですが、そのためにその作品は「小説というよりは小説的フラグメント(断片)の寄せあつめみたいな感じ」になってしまったというのです。つまり、そうした斬新な作品構造は、作者が意図して作り出したのではなく、「生活環境のなせるわざ」であり、「都会でサーバイブする人間の時間性からしぼりだされた」ものだったのです。

しかし、『風の歌を聴け』や『1973年のピンボール』は、まさにそんな断片を組み合わせたモザイクのような構造がポストモダン的だと高く評価されていました。私もじつは、そういう構造が面白いと思いますし、とくに『風の歌を聴け』は今でも好きな作品の一つです。

ただ、村上春樹自身は「そういう書き方やそういう作品に今ひとつ納得できなかった」ようで、最初の2作の英訳が長いこと海外で出版されなかったのも、その理由によるものと思われます。(ただし、講談社英語文庫で日本国内では英訳が出ていました)

文学作品に対する作者自身の評価と読者の評価とは、往々にして異なることがあるものですね。


[PR]
by amanemitsuhito | 2018-09-08 15:39 | 文学一般 | Comments(0)

天音光人の文学的日常


by 天音光人