天音光人の文学的日常

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近年なぜかベストセラーになっている吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』(岩波文尾)を読みました。実を言うと、私は中学生の時に学校の図書室でこの本を借りて読み、感銘を受けた記憶があります。

そんなわけで、久しぶりに読み返したということになるのですが、まず感じたのは、古き良き時代の教養主義あるいは人格主義に対するノスタルジーでした。

この作品はジャンルとしては児童文学ですが、旧制中学校1年生のコペル君という少年が学校や家庭での日常生活の中で、自分が社会の中で生きている存在であることを理解し、その中でどのように自分の人格を確立して生きていくかということがテーマとなっています。

書かれている内容や道徳観は現在でもまったく違和感はなく、共感できるものばかりではあるのですが、こうした人格主義や教養主義は当時でもごく一部の裕福な階級でこそ可能だったわけで、現在の大衆社会でも多少の古臭さを感じさせます。

だからこそ、この作品がなぜ現代において急にベストセラーになったのかは興味深い問題です。効率や実利一辺倒の時代だからこそ、こういったちょっと古い人格主義が意外と受けたのかもしれません。

# by amanemitsuhito | 2019-01-10 12:48 | 読書記録 | Comments(0)
私は自己啓発本の類いも結構読んでおりまして、今回は小森圭太の『科学的 潜在意識の書きかえ方』(光文社)を読みました。

科学的というのは量子力学の説明を用いて潜在意識と現象との関わり方を述べているのですが、それは多少のいかがわしさもあり、まあどうでもいいです。しかし、感銘を受けたのは、物事の考え方や言葉を変えるということの重要性です。

とくに、以下のような言い換えは肝に銘じておきたいと思います。

「どこがダメなんだろう」→「どうしたらさらによくなるだろう」
「頑張ろう」→「最高の自分を発揮する」
「これが問題だ」→「これが課題だ」

本というのは何か一つでも本当に有益なものが得られれば、読んだ価値があったといえるものです。


# by amanemitsuhito | 2019-01-04 18:22 | 読書記録 | Comments(0)
一日遅れてしまいましたが、みなさま、明けましておめでとうございます。平成最後の正月ということになりますね。今年もよろしくお願いいたします。

といっても、読者数は一日平均2~3人なのですが、少しでも読んでくださる方がいらっしゃる限り、細々とでも続けていきたいと思っています。できれば一週間に一回は更新するように努力します。

とりあえずは新年のご挨拶のみにて失礼いたします。


# by amanemitsuhito | 2019-01-02 12:51 | 自己紹介・プライベート | Comments(0)
志駕晃の『スマホを落としただけなのに』(宝島社文庫)を読みました。これは映画化もされて人気もある作品のようです。

実際に読み始めて、とても面白いと思いました。恋人がスマホを落としたことによって、いろんな情報が抜き取られてしまい、ヒロインが危機に陥るという話ですが、まさにネット社会の恐怖を感じました。

この作品は宝島社の「このミステリがすごい大賞」で最終候補まで残って落選し、隠し玉として出版されたもので、その点では岡崎琢磨の『珈琲店タレーランの事件簿』と同じパターンですが、なぜこれが大賞を逃したのか不思議に思うほど、よくできていると思いました。

ところが結末が近づくにつれてなんだかおかしくなってきました。まず、それまで非常に緻密だった犯人が急に信じられないようなヘマをやらかしはじめます。それから、ヒロインが危機に陥ると、都合よく助けが現れます。いわゆるご都合主義です。

さらに、ヒロインの驚くべき秘密が唐突に明らかになります。もちろん多少の伏線は張ってあるのですが、それまでの話との関連性が弱くて、統一性に欠けています。ヒロインの秘密に関するトリックも別に珍しいものではなく、すでにいくつかの作品で使用例があるものですし、この作品で使う必要性はなかったのではないかと思いますし、なんだか異質な要素が混じってしまったという感じです。

というわけで、せっかくいい作品だったのに、結末部で躓いてしまっているという印象を持ちました。惜しいですね。

# by amanemitsuhito | 2018-12-19 14:13 | 読書記録 | Comments(0)
12月になるとベートーベンの第九を聴きたくなります。以前にはコンサートに行ったりもしていたのですが、このところすっかりご無沙汰で、CDで聴いています。

第九のCDは二十枚ほど持っているのですが、いろいろと聞き比べてみて、最終的にはやはりフルトヴェングラー指揮バイロイト祝祭管弦楽団演奏の1951年のものが、やはり一番いいと思っています。それ以外の指揮者のものだと、カラヤンやバーンスタインもいいし、ショルティやスウィトナーやバレンボイム、ベームやラトルもいいですが、録音は多少悪くても、やはりフルトヴェングラーに戻ってきてしまいます。

フルトヴェングラーのものでも、その他に1942年のベルリンフィルの演奏のものも迫力があって、すごくいいです。古い録音の物ですが、GRAND SLAM から2016年に出たCDはノイズがかなり除去されていて、非常に聞きやすくなっています。それでもやはり録音状態は決してよくはありませんので、どうしてもバイロイト盤には総合的に劣ります。

バイロイト盤も何種類も出ていて、私も5枚ぐらい持っていますが、その中で一番のお気に入りは、これまたGRAND SLAM から2012年に出ている疑似ステレオ盤で、これもノイズがかなり消去されていますので、驚くほどいい音質になっています。

というわけで、今年もフルトヴェングラーの第九を聴きたいと思います。

# by amanemitsuhito | 2018-12-09 22:12 | その他 | Comments(0)

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